前回の投稿では、「個人の相続案件(遺産分割調停等も含む)においては、経済的利益や資金負担は別として、不動産鑑定士には相談すべき」と書きました。実際のところ、経済的利益や資金負担等の理由で、私は鑑定評価を正式に受任することはそこまで多くはありませんが、相談はよく頂いております。

では、なぜ不動産鑑定士に相談すべきなのか、

 ① 調停や訴訟において、不動産会社の無料査定が証拠として提出されているが、査定内容が間違っているケースがある

 ② 相続や相続財産において、当事者の思い入れや考えが強い故に、不動産価格に対してバイアスがかかり、非合理的な考えを持ってしまっている

 ③ 弁護士は法律や交渉のプロではあるものの、価格を把握するためのアプローチのプロではない(詳しい方もいらっしゃいますが)

この中でも、①のケースに当てはまることが散見され(当然、合理的な査定書も今まで多く目にしております)、その場合には協議や調停の進め方も多く変わってきますが、具体例で説明したいと思います(私が実際に関わったケースを、改変しつつ、簡略にしております)。


(例)相続財産は1棟の賃貸ビルのみ、ご相談者は賃貸ビルを単独で相続することになるAさん、相続人は他にAさんの弟Bさんであり、相続人は合計2人。Aさんは賃貸ビルを相続する代わりに、代償金として賃貸ビルの評価額の1/2をBさんに現金で支払わなければならない状況にある。

   

この場合、不動産価格が低い方が、AさんがBさんに支払う代償金も少なくなるため、Aさんにとって不動産価格が低い方が都合がよいことになります。他方、Bさんにとってはその逆で、不動産価格が高い方が都合がよいこととなります。

さて、ここでBさんは地元の不動産会社に無料で査定書の作成を依頼し、Aさんに対して交渉をすることとなりました。

不動産会社が作成した査定書には、「本物件の査定価格は、積算価格により、1億5,000万である」と記載されております。積算価格とは、簡単にいえば、相場の土地価格に現在の建物価格を加算した価格です。しかしながら、対象となる不動産は賃貸ビルであるため、賃料収入をもとにした収益価格が重視されるのが通常です。

私は提示された資料をもとに収益価格の概算をしましたが、結論としては「少なくとも2億を下回ることはない」というものでした。

本件の場合、「Bさんは不動産価格を高く主張するインセンティブがある」ものの、「Bさん自ら不動産価格を低く主張する」こととなってしまいました。結果として、AさんはBさんの主張に基づき遺産分割を進めることにメリットがあるため、私は鑑定評価を受注することはなく、Bさんの主張に基づき遺産分割協議が進んでいったのでした。


Aさん、そしてBさんの行動を振り返りますと、

 ・Bさんは、不動産の評価を不動産鑑定士に相談することなく、不動産会社の無料査定に頼り、Bさん自ら自身に不利な主張をすることとなった

 ・Aさんは、Bさんの評価を不動産鑑定士に相談することにより、相手の落ち度を逆手にとり、Aさんに有利な遺産分割を進めることができた

このケースが全てではないですが、やはり遺産分割においては不動産鑑定士に相談した方がよいことが分かるかと思います。


私は相談や概算程度でしたら、概ね無料で承ることが多いですが、他の不動産鑑定士も入口段階では無料で対応してくれる方も多いと思いますので、正式依頼するかは別として何か不安事があれば不動産鑑定士に相談すべきだと思います。

1点注意して頂きたいのですが、不動産鑑定士はあくまでも中立的に評価をする立場ですので、依頼者の希望に沿うような評価をすることはできませんので、お気をつけください(本ケースで言えば、Bさんの査定価格より低く評価をしてくださいとお願いすることはできませんし、不動産鑑定士もそれに応えてはいけません)。

逆によくあるケースとして、相談者より「相手方から不動産業者の査定書が出てきたのだが、実際相場としてはどうなのか?」と相談を受け、実際その査定書が妥当であるため、私としては「その不動産業者の査定価格は概ね妥当であり、私が鑑定評価をするとしても概ね同等の価格になります」と回答し、鑑定評価の受任に至らないケースもそれなりにあるということです。